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東京地方裁判所 昭和27年(行)125号 判決

原告 伊藤清作 外三名

被告 東京国税局長 外一名

訴訟代理人 堀内恒雄 外一〇名

主文

一、被告東京国税局長が昭和二七年三月三一日原告伊藤清作に対してなした同原告の昭和二五年分所得税の総所得金額を金二二四、五〇〇円と訂正した審査決定のうち金一二七、八〇一円を超過する部分はこれを取消す。

同原告その余の請求はこれを棄却する。

二、被告東京国税局長が昭和二七年二月一八日原告橘内政吉に対してなした同原告の昭和二五年分所得税の総所得金額を金九三、二〇〇円と訂正した審査決定のうち金六八、二五〇円を超過する部分はこれを取消す。

三、原告倉田本、同吉野新之助の請求はいずれもこれを棄却する。

四、訴訟費用中、原告伊藤清作と被告東京国税局長との間に生じた部分はこれを一〇分し、その一を同原告その余を同被告の負担とし、原告橘内政吉と被告東京国税局長との間に生じた部分は全部同被告の負担とし、原告倉田本並びに原告吉野新之助と被告王子税務署長との間に生じた部分は、それぞれ同原告等の各負担とする。

事実

第一、申立及び主張

当事者双万の陳述した申立及び主張はそれぞれ別紙(その一原告伊藤清作分、その二原告橘内政吉分、その三原告倉田本同吉野新之助分)のとおりである。

第二、証拠関係〈省略〉

理由

第一、原告伊藤清作関係

一、原告の昭和二五年分所得税に関する確定申告、更正決定及び審査決定の関係が原告主張どおりであること及び原告が茶、海苔及び菓子等の販売業を営むものであることは当事者間に争がない。

二、被告は原告の昭和二五年分所得を金二二四、五〇〇円であると主張し、右金額は被告主張の推計方法によつて算定されたものであるところ、原告は、原告の同年度の収支関係は、原告備付けの仕入帳及び売上帳に正確に記帳されて明確になつているから原告の所得を右帳簿によらず、推計方法によつて算定することは不当であると主張する。しかしながら、当時原告が青色申告者でなかつたことは原告の自認するところであり、原告が右の帳簿であるとして提出する伊甲第一号証の一、二によると右帳簿には仕入及び売上の商品別明細が明確に記載されておらず、その内容を明らかにする仕切書等の資料がないことは原告の明らかに争わないところであつて、帳簿自体の信用性が薄いと認められるから、このような場合所得の算定を右の帳簿によらず、推計方法によつて算定することも、その方法が合理的である限り許されるというべきである。

三、ところで本件において、被告の主張する推計方法は、商品毎に期首及び期末の在庫高を平均した平均在庫高(期首、期末の在庫高の合計を二分したもの)に、各商品の年間の回転数を乗じて一年間の仕入金額を推計し、これに仕入に対する売上の割合を乗じて売上金額を算出し、この売上金額に所得標準率を乗じて所得額を算定する方法であつて、このような推計方法も方法自体としては、強ち不合理なものとはいえないが、右の推計方法は、期首及び期末の商品在庫高の合計を二分した平均在庫高を前提とするものであるから、少くとも期首及び期末の商品在庫高が正しくなければ、正当な結果を得られないことはいうまでもない。

そこで本件において、被告主張の期首、期末の在庫高が正しいかどうか、すなわち昭和二五年の期首、期末において、被告主張のような在庫が果して存在したか否かについて考察してみると、被告は同年の期首、期末には被告主張の在庫高が存在しそのうち、茶については原告もこれを是認し、その他の商品については調査の際原告から申立がなされた旨主張し、証人丸山信治の証言(第一回)及び同人の作成したと認められる伊乙第三号証中には、被告の右主張に沿う部分があるけれども、右の証言及び書証は原告に対する聴取書等の書類も作成されていないのでたやすく信用することができずかえつて、同証人の右証言及び右乙第三号証(いずれも右に借信しない部分を除く)と原告本人の供述によれば、被告主張の在庫高は、同証人が昭和二七年二月六日調査当時の在庫により、昭和二六年度の帳簿及び原告の店舗が花街に近いという立地条件や店舗の規模等を適当に勘案して算定したものと推察されるところ、右のような事実から直ちに昭和二五年当時に遡つて既往の在庫高を認定することは無理であつて、他に昭和二五年期首、期末の在庫高が被告主張どおりであつたことを確認するに足る証拠はない。

そうすると被告主張の推計は、その前提において既に根拠を欠き、このような推計方法によつて算定された被告主張の所得金額は、他の点について判断するまでもなく、失当というべきである。

四、被告は原告が昭和二五年一〇月頃金一〇万円を下らない費用を投じて三・五坪の店舗を拡張したことを根拠として、原告の同年度の所得が少くとも金二二四、〇〇〇円以下である旨主張し、原告がその頃三・五坪の店舗を拡張したことは原告もこれを認めるところであるが、その拡張費用が金一〇万円であつて原告同年中の収入から支出されたということについてはこれを認むべき何等の証拠もなく、かえつて原告本人の供述により成立を認め得る伊甲第二、三号証と同本人の供述によれば、右拡張費用は金五四、一〇〇円で、うち金四〇、〇〇〇円は、原告が他から借り受けたものと推認されるから、被告の右主張は採用できず、その他原告の同年中の所得が金二二四、〇〇〇円であることを認むべき証拠はない。

五、そうすると被告が原告の同年中の所得金額を金二二四、〇〇〇円と認定した審査決定中原告の自認する金一二七、八〇一(原告が金一二七、六八四円と主張する部分は計算の誤りと認められる)を超過する部分は違法というべきであつて、原告の本訴請求は、右部分の取消を求める限度において理由がある。

第二、原告橘内政吉関係

一、原告の昭和二五年分所得税に関する確定申告、更正決定、再調査請求及び審査決定の関係が、原告主張どおりであること及び原告が靴の販売並びに修理を業とするものであることは当事者間に争がない。

ところで原告が被告の係官の臨場調査に際して呈示した売上帳及び日計表には、昭和二五年一〇月までの記帳しかなく、同年一一月以降の記帳がなされていなかつたことは原告の認めるところであるからこのような場合その所得を推計によつて算定することは、その推定が不合理なものでない限りやむを得ないであろう。

二、まず被告は、原告の昭和二五年中の所得は、被告主張のような靴修理による所得と靴販売による所得の合計から特別経費を差引くことによつて金九三、二四〇円と算定される旨主張するので、その当否について考察してみると、被告主張の右靴修理による所得金額は、靴の修理数を一日平均二足とし、一足当り平均修理代金二九五円、稼働日数年間三〇〇日として年間修理代の売上金を金一七七、〇〇〇円と算出し、これに靴修理の所得標準率四二パーセントを乗じて算定されたものであるが右のうち靴の修理日数が一日平均二足であることにつき、証人丸山信治の証言(第二回)中原告からその旨の申立があつたとの証言部分は、にわかに措信し難く、他に昭和二五年当時原告の靴の修理数が一日平均二足であつたことを認めるに足る証拠はない。そうすると被告主張の靴修理による所得金額は、既にこの点において認定の根拠を欠くものであつて、他に靴修理による所得金額が被告主張どおりであることを認むべき証拠はないから、結局右の靴修理による所得金額を前提とする被告の主張は、その余の点の判断をまつまでもなく失当というべきで到底採用することができない。

三、ところがつぎに被告は、資産増減の計算から所得を計算すると、原告の昭和二五年中の所得は金一四一、九一〇円と認められるから、原告の同年度の所得を金九三、二四〇円と認定しても過大でない旨主張するので、この点について検討してみると被告主張の右推計方法は、総理府統計局の調査による東京都における一人年間の生計費金三五、四八四円を前提として家族の生活費を算出し、その資産の増減を計算することにより年間の所得を算定するものであるから、生計費が右の平均水準に達しないものの所得を、右の推計方法によつて算定することは不適当である。ところで本件において、原告の家族が五人であることは当事者間に争のないところであるが、証人丸山信治の証言(第二回)並びに原告本人の供述によれば当時原告は営業不振で相当苦しい生活を送つていたことが認められ、その生活水準も一般の平均を遙かに下廻つていたことが窺われるので、このような事情にある原告に対し被告主張のような方法により、その所得を推計することは不合理といわなければならない。なお、前記丸山証人は、原告の生計費を一入一月平均二、〇〇〇円とし他の資産の増減を考慮して所得を計算した場合原告の年間所得は約九二、〇〇〇円程度となる旨証言するけれども、原告の生計費を右のとおり金二、〇〇〇円とする合理的根拠が明らかでない。また同証人は他の同業者と比較して原告の所得を金九三、二四〇円と認定することは相当であるとも証言しているが、他の同業者との比較の基準が明確でないので、同証人の右証言はいずれも採用できず、その他原告の昭和二五年中の所得を金九三、二四〇円と認めるに足る証拠はない。

四、そうすると被告が原告の同年中の所得を金九三、二四〇円と認定した審査決定中同年所得として原告の自認する金六七、六八〇円を超過する部分は違法というべきであつて、原告が右決定のうち金六八、二五〇円を超える部分の取消を求める本訴請求は全部理由がある。

第三、原告倉田本関係

一、原告主張の昭和二五年分所得税に関する確定申告、更正決定、再調査請求及び審査決定の関係が原告主張どおりであること及び原告が歯科の医師であつて、昭和二五年当時被告主張のような事業を経営していたことは当事者間に争がない。

被告は、原告の同年中の所得金額は金一七一、六八七円と認められるから、被告が右の範囲内で原告の同年中の所得金額を金一三四、八〇〇円と訂正した処分は違法でない旨主張するのでその当否について判断する。

二、被告主張の同年分の原告の収支計算中期首、期末の在庫及び仕入高については当事者間に争がなく、収入金額と必要経費について争があるので、以下右の二点について検討する。

(一)  収入金額について

原告備付の金銭出納帳に、同年中の収入金額として合計金四三〇、三四四円五〇銭の記帳がなされていることは当事者間に争がない。しかるに右帳簿には記帳もれがあり、その内容が明確でないことは原告も明かに争わないところであるからこのような場合記帳もれ収入金額を推計によつて算定することは、その推計が不合理でない限り許されるものと解される。ところで被告は、原告の昭和二五年中の現金収入と現金支出を比較してみると金一〇七、一六七円七八銭の現金支出超過があり、この金額が同年の収入金中帳簿に記帳もれの金額と認められる旨、また、右帳簿に記帳された社会保険診療収入と、一般診療収入とを比較してみても、同帳簿には右の金額を上廻る記帳もれがあるものと認められる旨主張するので按ずるに、被告主張の現金収入と現金支出中被告が金銭出納帳に記帳外の支出として主張するもののうち、借家権利金二〇〇、〇〇〇円及び生活費金一〇、九六八円については当事者に争のあるところであつて、生活費についてはともかく、右借家権利金二〇、〇〇〇円が昭和二五年中に支出されたという点については、証人村山勝太郎の証言中原告からその旨の申立があつたとの証言部分は、にわかに措信し難く、他に右の事実を肯認すべき的確な証拠もない。、従つて、被告主張の現金収入と現金支出を比較する方法によつては、被告主張のような金一〇七、一六七円七八銭の現金支出超過があつたと認めることは困難であるが、被告主張の第二の方法、すなわち、前記金銭出納帳に記載された社会保険診療収入と一般診療収入とを比較してみると、つぎのように推定することができる。すなわち、右帳簿に記載された原告の昭和二五年中の社会保険診療収入が、患者数二七九名分合計金三二四、六六五円で患者一人当り診療代が平均一、一六三円であること、一方右帳簿に記載された一般患者の診療代収入が患者数二三二名分合計一一八、八一八円で、患者一人当り診療代金が平均五一二円であることは当事間に争がない。ところでこのように一般診療単価が社会保険収入単価より低額であるということは通常考えられないから、右帳簿には当然相当額に上る一般診療費収入の記帳もれがあると推認されるところ、公務員作成の文書で真正の成立を認められる倉乙第一乃至同第六号証によると、当時原告と同区域(北区)の同業医師の一般診療費は、保険診療費に比較して数割乃至数倍高額であつたことが認められるので、いまかりに、原告の場合一般診療収入単価を社会保険診療単価と同額とみて計算してみても、右帳簿に記載された一般診療費との間には約金一五〇、九九八円の差があることが認められ、このことから右の帳簿には、少くともこの程度の一般診療費の記帳もれがあるものと推定することができ、このように推定しても、必ずしも不合理ということはできない。原告は当時開業早々でしかも時に貧困者を対象として診療に従事していたから、一般診療収入が社会保険診療収入より単価が大きいということはできず、両者の単価の比較によつて一般診療収入の記帳もれを推定することはできない旨主張し、原告本人の供述によれば、原告は昭和二四年暮頃従来開業していた渋谷区から北区に移転し、昭和二五年は同区における開業の初年度に当つていたこと、原告の患者層は、比較的低所得者が多かつたこと等の事情はこれを窺うに難くないが、一般患者の診療費が社会保険患者の診療費に比べて低廉であつたとの原告本人の供述はたやすく措信し難く、他に原告の主張事実を認めて前記指定を覆えすに足る証拠はない。

そうすると、被告が前記金額の範囲内である金一〇七、一六七円七八銭を原告の金銭出納帳に記帳もれ収入金額と認定し、これと、当事者間に争のない前記記帳済収入金四三〇、三四四円五〇銭の合計金五三七、五一二円二八銭を原告の昭和二五年中の収入金額と認定したことは結局相当であることに帰する。

(二)  必要経費について。

被告主張の必要経費は、つぎの科目を除き当事者間に争がない。

(1)  償却費

被告の主張及び証人村山勝太郎の証言によれば、被告主張の償却費は、借家権利金四〇万円の償却費四万円(家屋の耐用年数を五年とし、家屋の延坪数九七坪のうち二分の一を営業用に供しているものとして計算したも)と、家屋修理費のうちいわゆる資本的支出と認められるもの及び器械、器具等の償却費と認められるところ、原告本人は、借家九七坪のうち二階三坪の部分を除く部分はすべて営業用に供していた旨及び家屋の修理費は償却費に当らない旨供述するが、右の供述は前記村山証人の証言と対比してにわかに採用できず、他に償却費が被告主張額以上であると認むべき証拠はない。

(2)  消耗費、修理費、公租公課、接待費、交通費

原告は、右の各経費はいずれも被告主張額以上である旨主張し、倉甲第一号証に記載された右各経費の趣旨と解されるもののそれぞれの合計額は、いずれも被告主張を上廻つているが、証人村山勝太郎の証言と、右各記載内容を検討すると、同号証と記載された修理費のうちには一部資本的支出として前記償却費に算入されたもの、公租、公課のうちには当然経費として認められないもの、消耗費、接待費、交通費のうちには家事関連費と認むべきもの等があろことが窺われるので、同号証の記載は、これをそのまま採用することはできず、また原告本人の供述もにわかに採用し難くその他右の各経費が被告主張額を上廻ることを認めるに足る証拠はない。

(3)  電気、水道、燃料費

前記倉甲第一号証によつても、右の経費は被告の主張額以下であつて、他に被告主張額以上の費用を要したことを認めるに足る証拠はない。

(4)  家賃及び地代

右の経費につき、被告主張額は金三五、〇〇〇円、原告主張額は金七〇、〇〇〇円であるところ、原告は、右経費が金七〇、〇〇〇円であることについては、被告において一旦自白したものであるから、その後これを金三五、〇〇〇円と訂正することは自白の撤回として許されない旨主張し、本件弁論の経過によれば、被告は昭和三一年二月二日の準備手続期日において、「原告主張の必要経費のうち家賃及び地代は争わない」旨を記載した昭和三〇年九月二六日附準備書面を陳述し、その後昭和三二年七月一〇日の準備手続期日において、「原告の家賃及び地代を金七〇、〇〇〇円と認めたが、その主張を撤回し右家賃及び地代の正当額は金三五、〇〇〇円(借家賃料年間七〇、〇〇〇円の二分の一)である」旨記載した同年六月三日付準備書面を陳述していることが認められるが、本件弁論の全趣旨によれば、被告が前記準備書面に基き、原告主張の必要経費のうち家賃及び地代を争わないと陳述した趣旨は、単に家賃、地代の総額を認めたにすぎないものと解する余地がないでもないのみならず、前記村山証人の証言によれば、原告の借家中営業共用部分は二分の一と認めるのが相当であると考えられるので)右認定に反する原告本人の供述は採用しない(必要経費としての家賃及び地代は、その総額金七〇、〇〇〇円(このことは当事者間に争がない)の二分の一である金三五、〇〇〇円と認めるのが相当であつて、被告が原告主張の必要経費のうち家賃及び地代を認る旨陳述したのは、錯誤に基くものと認められ、その金額を金三五、〇〇〇円と訂正することは許されるものと解されるところ、必要経費としての家賃及び地代が金三五、〇〇〇円であること右認定のとおりであり、右以上の経費を認容すべき根拠もないので、この点についての原告の主張は採用できない。

そうすると、必要経費の総額は、被告主張の金三二三、〇九六円を以て相当とすべく、必要経費の総額を金四二五七四七円であるとする原告の主張は失当である。

三、以上認定したところによると、被告が被告主張の前記収支計算において原告の昭和二五年中の収入金額を金五三七、五一二円二八銭、必要経費を金三二三、〇九六円とし、所得金額を金一七一、六八七円一八銭と算定したことは相当であると認められ(正確には金一七一円、六三七円一八銭であるが、計算上の誤記と認められ、つぎの結論には影響がない)被告が右の範囲内で原告の同年中の総所得金額を金一三四、八〇〇円と訂正した処分を違法ということはできないからこれが取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

第四、原告吉野新之助関係

一、原告主張の確定申告、更正決定、再調査請求及び審査決定の関係が原告主張どおりであること及び原告が温度計の製造、販売業者であることは当事者間に争がない。

被告は、原告の昭和二五年中の総所得金額は、被告主張の収支計算により、金六一九、九五九円と認められるから、被告が右の範囲内で、原告の同年中の総所得金額を金三一六、〇〇〇円と更正した処分は違法でない旨主張するのでその当否について判断する。

二、証人山小正武、同市川三郎の証言によると、原告は昭和二五年期首期末の在庫高及び同年中の収支を明らかにすべき帳簿等の資料を有していないことが認められるから、このような場合その所得を推計によつて算定しても、その推計が不合理でない限り許されるべきである。

そこで、被告主張の収支計算についてみるに、右に認定したとおり、原告は昭和二五年期首、期末の在庫を明らかにする資料を有していないのであるから、同年の原告の収支を計算するに当り、期首、期末の在庫高を同額とみて計算することもやむを得ないところで、これを不合理ということはできない。

よつて、原告の同年中の売上高について考察する。原告の温度計製造におけるガラス管の仕入高が一ケ月平均三七五本であること、右ガラス管から二本の温度計が製造されること及び温度計の販売単価が金一二〇円であることは当事者間に争がない。被告は、右三七五本のうち二五本が製造過程において破損するから一月の温度計の製造本数は平均七〇〇本であり、年間の売上高は一、〇〇八、〇〇〇円であると主張するのに対し、原告は、右三七五本のうち二〇パーセントが製造過程において破損し、更に検定の段階において五パーセントの不合格品が出るから一カ月の温度計の製造本数は平均五七〇本であると主張し、右の破損率については、証人小寺正武は被告の主張に沿い証人市川三郎は原告の主張に沿う証言をするのであるが他に的確な証拠もないので、そのいずれか正当であるかにわかに断定し難く、他に温度計の製造過程における破損率が果して幾許であるかこれを確定するに足る証拠はない。そうすると、被告主張の前記一カ月の製造本数は、その証拠を欠くものとして採用できず結局原告の一ケ月平均温度計製造本数は、原告の自認する五七〇本であると認めざるを得ない。

しかるに、原告は、更に、原告には、同年の期首、期末において原告主張どおりの在庫があり、年間九六六本の在庫増加量があつたから、温度計の年間製造本数は、前記一ケ月の製造本数の一二倍から右の在庫増加量を減じた五、八七四本であると主張する。しかしながら、さきに認定したとおり、原告は昭和二五年度期首、期末の在庫を明らかにする資料を有していなかつたものであつて、原告が同年の期首、期末において原告主張のような在庫を有し、その主張のような在庫増加量があつたことについては、これを認めるに足る何等の証拠もないから、原告の右主張は採用できない。そうすると、原告の年間温度計製造本数は前記一ケ月平均製造本数五七〇本の一二倍に当る六、八四〇本であるということになり、これに当事者間に争のない温度計の財売単価金一二〇円を乗じた金八二〇、八〇〇円が原告の同年中の売上高であると推認される。

しかして、前記のとおり、原告の同年の期首、期末の在庫高を同額とし、売上高を、右のとおり金八二〇、八〇〇円であるとすれば、仕入及び必要経費につき、仮りに当事者間に争のある科目中公租公課については被告主張の年間支払総額一固定資産税金三、一五〇円、事業税金三、二九四円の合計金六、四四四円であるが、原告が昭和二五年度中経費に算入すべき右以上の公租公課を支払つたことについては何等の立証もない)を、電気代、水道燃料費及び地代については、それぞれ原告の認める被告主張の年間支払総額を、また、接待費については、原告主張の金一二、〇〇〇円金額を、すべて経費と認めても、右の各科目と当事者間に争のない他の科目とを合計した仕入及び必要経費の総額は金四一三、二一〇円であるから、以上により原告の同年の収支計算をした場合の所得は、つぎのとおり、金四〇七、五九〇円となり、被告の更正した金三一六、〇〇〇円を上廻ることが明らかである。

収支計算

期首在庫            -  期末在庫       -

仕入及び必要経費 四一三、二一〇円  売上高 八二〇、八〇〇円

所得       四〇七、五九〇円

合計       八二〇、八〇〇円      八二〇、八〇〇円

三、なお、原告の同年中の所得が、少くとも金三一六、〇〇〇円以下ではなかつたことはつぎのことからも推察することができる。すなわち、公務員作成の文書で真正に成立したと認められる吉乙第五号証と弁論の全趣旨によれば、原告は昭和二六年一二月二五日東京国税局の協議官に対し、被告が原告の昭和二五年中の所得金額を金三一六、〇〇〇円と認定したことに大体異論はなく、手伝の子供二人に要した一日金二、〇〇〇円程度の経費を考慮して貰えなかつたことに不服である旨述べていることが認められるところ、右のような家族の経費は所得税法上必要経費に該当しないわけであるから、右の事実から、原告の同年中の所得が少くとも金三一六、〇〇〇円以下ではなかつたとみても大過ないものと考えられる。

四、そうしてみると、被告が原告の昭和二五年中の総所得金額を金三一六、〇〇〇円と認めてなした更正決定に違法の点はないものというべく、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

第五、結論

以上により、原告伊藤清作の請求は被告東京国税局長の審査決定中金一二七、八〇一円を超過する部分の取消を求める限度においてその請求を認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、原告橘内政吉の請求は全部正当として認容し、原告倉田本、同吉野新之助の請求は、いずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥入 桜井敏雄)

昭和二七年(行)第一二五号課税処分取消請求事件の要約

(その一、原告伊藤清作分)〈省略〉

昭和二七年(行)第一二五号課税処分取消請求事件の要約

(その二、原告橘内政吉の分)〈省略〉

昭和二七年(行)第一二五号課税処分取消請求事件の要約

(その三、原告倉田本、同吉野新之助分)〈省略〉

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